研究の概要

研究の概要

 結晶成長学は学際領域に存在する学問分野であり、物性物理学、鉱物学、材料工学、電子工学、化学工学、流体力学、数学、生物学など実に多岐にわたる分野の多くの研究者を惹きつけて来ました
 特に流体を介した結晶成長過程において対流は環境相中の温度分布、濃度分布に擾乱をもたらします。一方、微小重力環境では浮力対流の影響を極力抑制することが出来るため、熱物質輸送過程を単純なモデルで扱うことが出来、かつ地上に比べてより高精度で現象を計測することが可能になります。
 そこで本研究室では、以下の研究テーマを進めています。

 研究手段として、研究室内で微小重力環境シミュレータおよび材料プロセス用遠心機を開発し活用するとともに、宇宙空間の飛翔体を用いた

を計画・準備し、実施しています。

凝固・結晶成長の素過程の解明

凝固・結晶成長過程のその場観察
 微小重力、高重力、強磁場など極端な環境での測定の多くは、限られた空間及び実験リソース(電力、送受信するデータ量など)を最大限に活用しなければなりません。その観点で動的計測法、特に画像データ取得は有望な方法です。材料のプロセス中に起こる現象をリアルタイムでかつ高い空間分解能で可視化する以下のその場観察法を開発し、地上研究および微小重力実験に供して来ました。

  • 2波長顕微干渉法: プロセス中の試料形状、濃度・温度場を同時に可視化する。

two-wavelength interferometry
[Link] 図G1. 干渉縞画像を基に演算して濃度・温度場を同時に求める。

  • 赤外線顕微干渉法: 半導体結晶成長中の固液界面形状を3次元で可視化する。

その場観察
[Link] 図G2. GaP/GaP(111)B結晶の溶液成長中における成長界面のレーザー干渉縞像。干渉縞は高さ約0.1μm間隔の等高線に対応する。

  • 浮遊融液その場観察法: 浮遊する高温融液の表面とその内部を可視化する。

その場観察
[Link] 図G3. 溶融シリケート(2000℃以上)からの結晶成長のその場観察例。試料の直径は2mm。過冷融液からのコンドリュール生成を模擬した。

 

ファセット的セル状結晶成長
 結晶の典型的な成長様式はノンファセット成長とファセット成長に大別されます。それぞれの成長過程を明らかにするために、低融点の透明有機物質をモデル試料として用い、本研究室で開発した2波長顕微干渉法を用いたその場観察実験を地上で実施しました。その結果、地上実験にてミクロンオーダーの成長界面形態変化と界面近傍の濃度および温度分布の同時測定に成功し、それらと液相の流動との関係を求めました。特にファセット成長においては、結晶化に伴う潜熱が界面形態の形成に与える影響が無視できないことを初めて明らかにし、既存モデルの前提を大きく覆すこととなりました。その地上実験を踏まえてISS「きぼう」実験「ファセット的セル状結晶成長機構の研究」を実施し、現在、表面過冷度と成長速度、界面形態変化の関係を解析中です。
その場観察
図G4. ファセット的セル状凝固過程のその場観察例:(a) 振幅変調顕微鏡 (λ = 0.66μm)、(b) 干渉顕微鏡 (0.53μm)、(c) 干渉顕微鏡(0.78μm)。

 

溶液からの半導体結晶成長
 半導体結晶の成長表面では、同一結晶でも成長条件によりノンファセット成長とファセット成長の両方が混在して観察され、マクロステップと呼ばれるその独特の表面形態の形成メカニズムが不明でした。そこで、赤外線顕微干渉法を用いて幾つかの化合物半導体の溶液成長における固液界面形状の3次元リアルタイム計測を行い、成長カイネティクスが界面形態安定化に及ぼす影響を定式化することに成功しました。ちなみに、従来のモデルでは成長カイネティクスの寄与は無視されていました。以上の知見をもとに「きぼう」2期利用テーマ「微小重力環境下における混晶半導体結晶成長」を提案し、軌道上で実験が実施されました 。本実験では,微小重力環境下においてInxGa1-xSb混晶半導体の結晶成長実験を行い,地上実験結果と比較することにより以下の点を明らかにします。 (1)混晶半導体の溶解や成長過程の面方位依存性、(2)重力に起因した自然対流や拡散が混晶半導体結晶成長に及ぼす効果。この物質は光学的なその場観察が困難なので、熱パルス法により界面形状を測定します。現在、試料を順次解析中です。
InGaSb
[Link 1, 2] 図G5. 地上に比べて微小重力環境では、得られた結晶中の成分濃度がより均一化し、欠陥が少なくなるなど高品質化が起こり 、加えて結晶の成長が速くなることを見出した。

液体中の輸送現象の解明と制御

 融液中の対流を強く抑制して高温融液中の拡散係数や熱伝導率、磁化率などの熱物性値計測を行っています。また、磁場や遠心力、超音波など外部場の印加により液体中の輸送現象を制御する方法を検討しています。
金属および半導体融液中の拡散係数測定
 強磁場の印加により対流を抑制した状態で金属合金In-SnおよびPb-Snの融液および半導体Ge-Siおよび73Geの融液中の拡散係数測定を行いました。前者は剛体球モデルで説明できるが後者は共有結合性など原子間の相互作用を組み込む必要があることを明らかにしました。また、重畳磁場電磁浮遊法により過冷却状態でのシリコンおよびゲルマニウム融液での非接触密度・熱伝導率計測を行った結果、シリコン、ゲルマニウム融液中の熱輸送の担体が共に自由電子であり、共に金属的であることを明らかにしました。
高温融液の非接触磁化率測定
 Co系及び幾つかの鉄族-白金族の融液を強磁場中で電磁浮遊させた後に大きく過冷却させることで、融液のまま強磁性体になるかどうかを調べました。そのために、融液を大きく過冷却させ同時に磁化を高速かつ非接触で測定する装置を新たに開発しました。
外部場の印加による輸送現象の制御
 大口径超伝導マグネットのボア内に電磁浮遊装置や加熱装置を組み込んだ微小重力環境シミュレータを開発しました。その結果、金属や半導体の融液のような高導電性流体に限られるものの、宇宙環境の特徴である無容器・無対流環境をある程度模擬することが地上で出来るようになりました。しかし、有機物質や酸化物の融液、気体など導電性が低い流体に対しては電磁力により対流を抑制することは困難です。そのため、遠心機上では熱対流がコリオリ力により強く影響を受ける点に注目し、数値計算および遠心機実験により対流が抑制される回転条件があることを実証しました。そして円盤式の材料プロセス用遠心機の開発により、擬似的な低重力から1G、そして過重力の環境を得られることとなりました。また、融液への超音波や回転磁場の印加により半導体融液中の物質輸送を制御し、試料の温度制御条件を変えずに結晶成長界面の形態や結晶成長速度を制御する試みも行っています。

新しい材料プロセスの開発

 本研究の対象は、現在、半導体結晶、炭素系ナノ材料、タンパク質結晶としています。更に今後は、宇宙における人類の探査活動の拡大に貢献する物質科学研究の推進をも視野に入れていきます。
半導体結晶
 赤外線およびX線検出器用材料の高品質化を目指して、強磁場印加トラベリングヒーター法成長による均一組成のCdTe単結晶育成に関する研究を行いました。現在、均一組成のSiGeおよびInGaSb単結晶育成に関する研究を進めています。
炭素系ナノ材料
 炭素系ナノ材料の新しい合成法であるグラファイト通電加熱法では、反応ガスを替えることでダイヤモンドや近年特に注目されているフラーレンやカーボンナノチューブなど炭素系ナノ材料の極短時間での合成も可能です。その合成メカニズムを、遠心機を利用して、「その場」での計測によって合成ガス・熱の輸送、核生成、結晶表面での熱・物質のカイネティクスの観点から調べました。
タンパク質結晶
 タンパク質分子の立体構造は生命現象の理解や新薬の開発を進める上で重要です。そのため、タンパク質の高精度構造解析を行うために良質の結晶を育成する方法が模索され、その中でも強磁場の印加による結晶の完全性および配向性の制御が期待されています。しかし、磁場がタンパク質結晶成長過程に作用するメカニズムすら明確には説明されていませんでした。そこで、強磁場用顕微干渉計を用いてタンパク質の一種であるリゾチームの成長速度および溶解速度、結晶の配向性に及ぼす静磁場の影響を定量的に明らかにしました。

微小重力実験

小型航空機、大気球、観測ロケットといった小型飛翔体により技術実証を進め、そして回収型無人実験衛星、ISS(国際宇宙ステーション)など大型飛翔体を利用した宇宙での微小重力実験を計画・準備し、実施しました。これまで準備・実施してきた微小重力実験を以下に示します。

 

表G1. これまで準備・実施してきた微小重力実験

参加から実施までの期間 ミッション名 (利用した飛翔体) 代表研究者(相乗り含む) 実験概要 本研究室の役割
2011-2016 高品質三元混晶半導体の結晶成長 (中国回収衛星「実践10号」) Yan Liu 教授 (中国科学院 上海珪酸塩研究所) 均質組成InGaSb単結晶育成 日本側研究チーム代表として飛行後の試料分析
2014-2015 酸化物系宇宙ダストの核生成過程の解明 (観測ロケットS-520-30) 木村勇気 准教授 (北海道大学) 微小重力環境下で酸化物を蒸発させ、その後凝縮する酸化物粒子が生成し成長する過程の直接測定

実験主任として実験を統括
PI部の搭載装置開発、試料準備、飛行・実験運用

2011-2015 溶液における熱拡散現象の解明 (「きぼう」) 鈴木進補 教授 (早稲田大学) 液体中の溶質成分の物質輸送のメカニズムの理解 実験の詳細化
2008-2015 微小重力環境下における混晶半導体結晶成長 (「きぼう」) 稲富裕光 教授 (ISAS) 化合物半導体の溶液からの結晶成長過程の解明 地上予備実験、フライト実験準備、実験運用、データ解析
2011-2015 微小重力下におけるTLZ法による均一組成SiGe結晶育成の研究 (「きぼう」) 木下恭一 主幹研究員 (ISAS) JAXAが開発した新しい半導体結晶育成法の検証 実験の詳細化と理論検討
2011-2012 微小重力環境を利用した均質核形成実験 (観測ロケットS-520-28)

木村勇気 准教授 (北海道大学)
塚本勝男 教授 (東北大学)

結晶化の最初の段階である核形成の解明

実験主任として実験を統括
PI部の搭載装置開発、試料準備、飛行・実験運用

2001-2010 ファセット的セル状結晶成長機構の研究 (「きぼう」) 栗林一彦 教授 ⇒ 稲富裕光 准教授 (ISAS) その場観察によるファセット的セル状結晶成長機構の解明 地上予備実験、フライト実験準備、実験運用、データ解析
2004-2008 高高度気球を用いた微小重力実験装置の開発 (気球落下型無重力実験システムBOV) 橋本樹明 教授 (ISAS) ドラッグフリー技術と高高度気球からの落下による1分弱の微小重力環境の実現と応用 自由落下カプセルの試作とフライト実験準備、実験運用、データ解析
2006-2008 低重力での結晶成長実験 (観測ロケットS-520-24) 稲富裕光 准教授 (ISAS)、高木善樹 教授 (帝京科学大学) その場観察・計測による結晶成長メカニズムの解明

実験主任として実験を統括
PI部の搭載装置開発、試料準備、飛行・実験運用地上予備実験、フライト実験準備、実験運用、データ解析

1991-1996 MEX(凝固・結晶成長実験)(Space Flyer Unit) 栗林一彦 教授 (ISAS) ほか 共通光路型2波長顕微干渉計凝固・結晶成長過程の可視化 実験の詳細化、搭載装置開発、試料準備、飛行・実験運用
1992-1993 半導体の溶液成長過程における固液界面現象の解明 (落下塔航空機) 稲富裕光 助手 (ISAS) 赤外線顕微干渉法による半導体結晶成長過程のリアルタイム計測 実験の詳細化、搭載装置開発、試料準備、落下/飛行実験
1992 溶融過程の可視化実験 (小型ロケットTR-1A 2号機) 栗林一彦 教授 (ISAS) 合金の融解における律速過程の解明 実験の詳細化、試料準備、実験

 

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研究設備
稲富研究室の研究設備を紹介します。